在宅医療のタスクシフトとは?|介護職ができること・制度の壁と今後の展望
胃瘻からの経管栄養やたんの吸引——こうした医療的ケアを、介護職が担える時代になっています。しかし「制度としてできるはず」と「現場で実際にやれている」の間には、まだ大きな溝があるのが実情です。
この記事では、在宅医療におけるタスクシフトの全体像と、介護職が実施できる医療的ケアの範囲、制度が追いついていない課題、そしてこれからの展望までを整理します。
「タスクシフト」とは何か——在宅医療の現場でいま起きていること
在宅医療の現場で「タスクシフト」という言葉を耳にする機会が増えています。ここではまず、その正確な意味と、なぜ今注目されているのかを押さえておきましょう。
タスクシフトの定義——「負担の転嫁」ではなく「役割の最適化」
タスクシフトとは、特定の職種に集中している業務を、他の職種に移管することを指します。類似の概念に「タスクシェア(業務の共同化)」があり、両者を合わせて「タスク・シフト/シェア」と総称されます。
厚生労働省の「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」では、その目的を「医療従事者の合意形成のもとで、患者に対するきめ細やかなケアによる医療の質の向上、医療従事者の長時間労働の削減等の効果が見込まれる」と記しています(出典:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」)。
ポイント:つまり、タスクシフトは「忙しいから誰かに押し付ける」ことではなく、それぞれの職種が専門性を最大限に発揮できるよう役割を再配置する取り組みです。
医師は高度な医療判断に集中し、看護師や介護職はそれぞれの専門性を活かしてケアの質を高める——この構造的な変化こそがタスクシフトの本質です。
なぜ今、在宅医療でタスクシフトが求められているのか
病院におけるタスクシフトは、2024年4月に施行された医師の時間外労働上限規制(良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律・令和3年法律第49号)を契機に加速しています。
在宅医療の現場では、これとは別の切実な背景があります。在宅で療養する患者さんのそばに医師や看護師がいられる時間は、1日のうちごくわずかです。患者さんの生活を最も長い時間支えているのは、ご家族とヘルパーをはじめとする介護職です。
医療依存度の高い患者さん——たとえば胃瘻からの経管栄養が必要な方、たんの吸引が必要な方——が安心して在宅生活を続けるためには、介護職が一定の医療的ケアを安全に実施できる体制が不可欠です。ご家族だけにすべてのケアを任せれば、介護負担は限界に達し、在宅生活そのものが破綻しかねません。
介護職ができる医療的ケアの範囲——制度の全体像を整理する
在宅の現場で「ヘルパーさんにお願いできるのか」という質問が出たとき、正確に答えられるでしょうか。ここでは法的根拠と研修制度を整理します。
2012年の法改正で何が変わったのか
たんの吸引と経管栄養は医行為に該当し、本来は医師法等により医師・看護師等のみが実施できる行為です。しかし、2012年(平成24年)4月の社会福祉士及び介護福祉士法の一部改正により、一定の研修を修了した介護職員等が、一定の条件のもとでこれらの行為を実施できるようになりました(出典:社会福祉士及び介護福祉士法 第2条第2項、厚生労働省「喀痰吸引等制度について」)。
それ以前は、介護職によるたんの吸引等は「実質的違法性阻却」という行政上の運用により、やむを得ない措置として認められていたにすぎませんでした。2012年の法改正は、これを法律に正式に位置づけた画期的な転換点です。
喀痰吸引等研修の3つの類型(第一号・第二号・第三号)の違い
法改正に伴い創設された喀痰吸引等研修には、3つの類型があります。それぞれ対象者と実施可能な行為が異なります(出典:社会福祉士及び介護福祉士法施行規則 別表第一・第二・第三)。
- 第一号研修は、不特定多数の利用者に対して、喀痰吸引(口腔内・鼻腔内・気管カニューレ内部)と経管栄養(胃ろう又は腸ろう・経鼻経管栄養)のすべての行為を実施できる研修です。基本研修(講義50時間+演習)と各行為の実地研修で構成されます。
- 第二号研修は、不特定多数の利用者に対して、上記の行為のうち任意の行為(たとえば口腔内・鼻腔内の喀痰吸引と胃ろうによる経管栄養のみ、など)を実施できる研修です。基本研修の内容は第一号研修と共通で、実地研修で修了した行為のみ実施可能となります。
- 第三号研修は、特定の利用者に対して、その方に必要な行為のみを実施できる研修です。ALS(筋萎縮性側索硬化症)や重症心身障害など、重度の障害のある特定の方を対象とし、基本研修は9時間(講義8時間+演習1時間)と比較的短期間で修了できます。在宅で重度訪問介護を利用する方のヘルパーが受講するケースが多いのがこの研修です。
研修修了後に必要な手続き——事業所の「登録」と医師の「指示」
研修を修了しただけでは、介護職はたんの吸引等を実施できません。以下の手続きが必要です(出典:厚生労働省「喀痰吸引等制度について」、岡山県「介護職員等による喀痰吸引等について」)。
まず、研修を修了した介護職員が、住所地の都道府県知事から「認定特定行為業務従事者認定証」の交付を受けます。次に、その介護職員が所属する事業所が、事業所所在地の都道府県に「登録特定行為事業者」(または「登録喀痰吸引等事業者」)として登録します。さらに、実施にあたっては、医師の文書による指示、看護職員との連携体制の確保、個別の計画書の作成、実施状況の報告書の作成と医師への提出が求められます。
在宅の現場で広がっていない理由——制度と実態のギャップ
制度上は2012年から介護職による医療的ケアが可能になっています。しかし、10年以上が経った現在も、在宅の現場では「対応できる事業所が見つからない」という声が少なくありません。
研修修了者がいても「やっていない」事業所が多い背景
研修を修了した介護職員がいても、事業所として登録特定行為事業者の手続きを行っていなければ、業務として実施することはできません。登録には安全委員会の設置や業務方法書の作成など一定の体制整備が求められるため、特に小規模な訪問介護事業所では「手続きの負担が大きい」「万が一の事故リスクへの不安がある」として登録に踏み切れないケースがあります。
また、研修修了者が退職したり異動したりすると、事業所内の対応可能人員がゼロになってしまうという人材の流動性の問題もあります。
医師・看護師との連携体制の構築が進まない理由
制度上、介護職がたんの吸引等を行うには医師の指示と看護師との連携が前提です。しかし、訪問診療医や訪問看護ステーションと訪問介護事業所の間で、具体的な連携の手順——誰が指示書を出し、誰が手順を確認し、緊急時にどう対応するか——が十分に合意されていないケースがあります。
医療職と介護職の間に距離があること自体が、制度の活用を妨げる壁になっています。この壁を越えるためには、サービス担当者会議などの場で多職種が顔を合わせ、一人ひとりの利用者について具体的な手順を共有することが出発点になります。
ケアマネジャーが押さえておきたい確認ポイント
ケアマネジャーとして、利用者の医療的ケアに関する相談を受けた際に確認しておくべきポイントは主に3つです。
- 1つ目は、利用中の訪問介護事業所が登録特定行為事業者として都道府県に登録されているかどうか。
- 2つ目は、担当ヘルパーが喀痰吸引等研修を修了しており、認定特定行為業務従事者認定証を保有しているかどうか。
- 3つ目は、訪問診療医から文書による指示が出ており、訪問看護師との連携体制が確保されているかどうか。
ここが重要:これらが揃っていれば、制度上はヘルパーによる経管栄養やたんの吸引が可能です。揃っていない場合は、どこにボトルネックがあるのかを特定し、各関係者と調整を進めることがケアマネジャーの役割になります。
制度の隙間に落ちた課題——食道瘻(PTEG)が示す矛盾
ここまで述べてきたように、胃瘻からの経管栄養については、研修を修了した介護職が実施できる制度が整っています。しかし、すべての経腸栄養がこの制度の対象になっているわけではありません。
胃瘻はOKなのに食道瘻はNG——同じ行為なのに制度が追いつかない現実
食道瘻(PTEG:経皮経食道胃管挿入術)は、胃瘻の造設が難しい患者さんに選択される経腸栄養の方法です。首の鎖骨付近から細いチューブを食道に挿入し、胃まで栄養を送ります。胃瘻と比べてチューブが細く傷が小さいため、身体への負担が軽いのが特徴です。
しかし、現行の制度では、喀痰吸引等研修で介護職が実施できる経管栄養の範囲は「胃ろう又は腸ろう」と「経鼻経管栄養」に限定されています(出典:社会福祉士及び介護福祉士法施行規則 別表)。食道瘻はこのいずれにも該当しないため、たとえ研修を修了した介護職であっても、食道瘻からの経管栄養の接続・注入は制度上認められていません。
栄養剤を胃に送るという行為の本質は胃瘻と同じです。しかし、栄養を届ける経路が異なるという理由だけで、介護職が関われないという矛盾が生じています。その結果、食道瘻を選択した患者さんが退院できない、あるいは家族が24時間すべてのケアを負担しなければならないという事態が起きているのです。
制度改善に向けた動き——医療と介護の当事者が連携する意味
当院の入江院長は、慢性期病棟時代にALSの患者さんに食道瘻の手術を行った経験から、この制度的矛盾を実感してきました。別の医師が厚労省に相談した際に「医師の意見だけでは制度は変わらない」と指摘されたことを受け、介護事業者、当事者団体、喀痰吸引等研修の制度設計に携わった関係者と連携しながら、制度のアップデートに取り組んでいます。
食道瘻の制度課題は、これまで制度設計の際に想定されていなかった——あるいは症例数が少なく見落とされていた——領域です。こうした「制度の隙間」は、医療の進歩や患者のニーズの多様化に伴って今後も新たに生まれる可能性があります。制度が完璧でないことを前提に、現場からの声を行政に届け、制度をアップデートし続ける動きが重要です。
詳しくは、当院の入江院長が出演した対談番組のレポート記事(こもちゃんTV出演レポート)でもご紹介しています。
タスクシフトが進むと在宅ケアはどう変わるのか
タスクシフトは一見、「医師の仕事を他の人に回す」だけの話に見えるかもしれません。しかし実際には、在宅ケア全体の質を底上げする構造的な変化です。
介護職の活躍が家族のレスパイトと医師の専門性特化を生む
介護職が経管栄養やたんの吸引を安全に実施できるようになれば、ご家族が24時間ケアに縛られる状況から解放されます。家族が外出できる時間、休息できる時間が確保されることは、在宅生活を長期間継続するうえで欠かせない条件です。
同時に、医師は高度な医療判断や外科的処置など「医師にしかできない業務」に集中できるようになります。看護師も日常の手技指導やアセスメントという看護の専門性を発揮しやすくなります。それぞれの職種が本来の専門性に集中できる環境こそ、患者さんにとって最も質の高いケアにつながります。
ケアマネジャーの役割はむしろ重要になる
タスクシフトが進むほど、多職種をつなぐコーディネーターとしてのケアマネジャーの役割は重要になります。医師の指示、訪問看護との連携体制、研修修了者の配置、家族の負担状況——これらの情報を把握し、利用者一人ひとりに合ったケアプランに落とし込む。その中心にいるのがケアマネジャーです。
制度を正確に理解し、どの事業所が登録を受けているか、どのヘルパーが研修を修了しているかを把握しておくことは、ケアマネジャーにとって強力な武器になります。
「一人の患者の生活」を中心に据えた多職種連携の完成形
タスクシフトの先にあるのは、「一人の患者さんの生活」を中心に、医師・看護師・リハビリ専門職・栄養士・介護職・ケアマネジャー・歯科医師・薬剤師・行政が輪になって支えるチームケアの完成形です。
当院が目指しているのも、まさにこの形です。訪問診療医として外科的処置や胃瘻管理を担いながら、介護職の活躍を制度面・連携面から支え、家族の負担を減らし、患者さんが住み慣れた自宅で安心して暮らし続けられる環境をつくる。制度の壁を越え、職種のサイロを壊し、すべての力を「一人の患者さんの生活」に向けて結集していく——それが、はれのくに在宅クリニック杜の街の考えるタスクシフトの姿です。
まとめ——制度を知ることが、目の前の利用者を支える第一歩
在宅医療のタスクシフトは、単なる業務移管ではなく、在宅ケア全体の質を高めるための構造改革です。2012年の法改正で介護職による喀痰吸引・経管栄養が制度化されたことは大きな前進ですが、制度の活用はまだ十分に進んでいません。一方で、食道瘻のように制度の隙間に落ちた課題も残されています。
制度を正確に知ることは、目の前の利用者さんに「できること」の選択肢を広げる第一歩です。研修の類型と事業所登録の仕組みを理解し、多職種で連携する体制を組み立てることで、在宅での療養生活はもっと安心なものになります。
【本記事の主な参照先(公的一次情報)】
- 社会福祉士及び介護福祉士法(昭和62年法律第30号)第2条第2項
- 社会福祉士及び介護福祉士法施行規則(平成23年厚生労働省令第126号)別表第一・第二・第三
- 厚生労働省「喀痰吸引等制度について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/tannokyuuin/index.html - 厚生労働省「介護職員等による喀痰吸引等実施のための制度について」(PDF)
- 厚生労働省「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会 議論の整理」
- 良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律(令和3年法律第49号)
- 岡山県「介護職員等による喀痰吸引等(たんの吸引等)について」
https://www.pref.okayama.jp/page/420171.html
監修:入江 真大(いりえ まさひろ)
はれのくに在宅クリニック杜の街 院長/一般社団法人土屋雉翔会 代表理事。岡山大学医学部卒業後、呼吸器外科医として高度外科医療に従事。慢性期病棟では胃瘻造設・気管切開・人工呼吸器管理を数多く経験し、食道瘻(PTEG)の手術実績も持つ。2025年10月にはれのくに在宅クリニック杜の街を開院。外科的処置・経腸栄養管理・人工呼吸器管理など医療依存度の高い患者にも対応し、1歳から100歳まで幅広い年齢層の訪問診療を行っている。食道瘻の制度改善に向けた多団体連携や、NPO法人設立を通じた地域共生社会の実現にも取り組んでいるドクター紹介はこちら
